入試制度が変わって、何が変わったのか。

神奈川県出身の保護者の方はご自身が経験されているだろう。大昔の神奈川県公立高校入試には「ア・テスト」なるものがあった。

正確にはアチーブメントテスト。本来の意味は理解度・学習度の到達を測るテストという意味なので今も普通に使われる名前だが、神奈川県民にとってはだいぶ意味合いが違う。小学校などで今度アテストがあるんだなんて聞くとドキっとする保護者も少なくないはずだ。

いわゆる悪名高き「神奈川方式」である。中2の3月に実施され、合否に占める割合は時代によって20%~25%。恐ろしいことに5教科ではなく9教科の県下一斉テストであった。

合否判定はどのように行われたのかというと、ア・テスト9科が20%、中2学年末と中3の2学期の9教科内申点が50%も占めた。つまり、入試を受ける前にすでに70%は決まっていたのである。

なお、当時は相対評価10段階であり、中3の5科は2倍、4科は1.5倍に計算された。その分ア・テストの技能4科は0.5倍だった。中2ア・テスト終了時点で学年末の内申と合わせて40%近くが合否に関わる得点となり、もうその時点ですでに受験できる高校は決まっていたに等しい。前述のように入試の比率は30%しかないので、入試当日の逆転は本当に稀であった。

しかもすべての情報を中学校側が持っていたので、主導権は中学校にあった。輪切りによる進路指導全盛期である。さらには校長会なるもので、事前の受験希望校も把握しきれており、12月最後の三者面談は実質合否判定に近い。

「15の春を泣かせるな」の合言葉のもと、学校側は公立入試を完全にコントロールしていたが、一方で生徒は中学校生活すべてが受験の人質となっていたため、さすがにこれはまずいと思ったのか21世紀を前に廃止された。10段階評価から5段階評価へ変わったのもこの頃だ。

次に出てきたのが「複数志願制」である。

入試つまり学力試験は1回であるが、志望校を2校書けた。どうしても公立高校に入学したいという子のために第一志望がダメであっても第二志望で合格があるよという救済制度だった。が、救済もクソもなく、ほとんどの子が第一志望と第二志望を同じ学校で出願していたのでまったく機能せず。要はア・テストがなくなって進路指導がみえなくなった中学校側のビビりによってできた制度であった。あっという間になくなった。

時を同じくして全国的に相対評価から絶対評価になった。評価のつけ方が中学校で大きな差があると問題視され、私立高校では中学校間格差を合否判定に導入するところも少なくなかった。また、記述問題は各高校の採点が負担になりすぎるというので選択問題が爆発的に増えた。漢字を書かせなくなったのは当時では衝撃的だった。

さらに学区制が廃止され、市立高校の一部を除き、全県どこに出願しても学区外8%枠がなくなり合否への影響がなくなった。

また、神奈川県が推し進めてきた100校計画を見直し、様々な学校で統廃合が進んだ。今もそれは継続中である。なくなる学校だけでなく、魅力的な学校も増えてきている。

複数志願制の次に現れたのが「前期選抜・後期選抜」という2段階入試である。

前期選抜は「受験生本人による自己推薦」という、学力検査なし内申点のみでの判定であった。しかも、最大で定員の半数が合格できたのである。前期一本で勝負、落ちたら私立、徹底的に学力検査は避けるという子もいた。上位難関校は内申だけで入ってくる子を警戒し、比率を前期2後期8にし(最大5対5まで高校裁量)門戸を狭めた。さらには後期選抜において「特色検査」という高校独自の入試問題を導入し防衛策を練った。制度上、前期後期ともに不合格という子が当然出てくる。2回続けて同じ高校から不合格をつきつけられるというのはさすがに酷であると、中学校側から猛反発を受けてあっけなく幕を閉じた。

副作用として、前期選抜の合否要因に各種検定、つまり英検や漢検、さらには部活動の加点が多かったため、そちらに流れる子も多かった。内申加点神話全盛の時であった。今は検定加点は公立高校において全廃されている。

そして、現在の制度に至る。原則として全生徒が学力検査と面接を受ける。入試得点が50点満点から100満点となり、公立復権をかけて難易度が急上昇した。同時に採点ミスの問題が大きく取り上げられ、答案用紙の大部分がマークシートとなった。 一部のクリエイティブスクールについてはここでは割愛する。

大まかな変遷は以上となる。

全国でもおそらく珍しい方式と変わりようであろう。しかし、結局のところ何が変わったであろうか。

変わりはないのだ。

制度が変わっても、受験生がやるべきことも、合格する層も変わらない。公立受験の真理はより多くの点数をとった子が受かる。ただそれだけだ。自分が95点であっても他の子がみな98点なら落ちるし、10点しかとれなくても周りの子が5点なら受かるのである。今まで受かっていた子が落ちるのは大幅な定員削減があった時くらいだ。

昔から翠嵐は翠嵐だし、県相は県相なのである。長い目でみれば多少の上下はあるが、1年で大きく変化することはない。上溝が県相を上回ることはないし、相模原弥栄が城山より下になることはないのである。

そして、解くべき問題もまた変わらない。出題傾向が変わったと大騒ぎしているのは、それで不安をあおって自分達の利益にしようとする輩たちのたわごとだ。出題傾向は変わるものであり、一方でまた変わらないものなのだ。公立入試においては変わったというほど大騒ぎするほどのことではない。社会で歴史の順番が変わったとか、数学で反比例がでるようになったとか、そんなものはどうやって出題されようとも対応するのが当たり前なのである。

子供達が解く組むべきことは、今も昔も変わらない。

保護者の中には我々業界顔負けの事情通の方もいらっしゃるが、どれだけ進学情報を集めたところで生徒の点数は1点も上がらない。また、説明会マニアと呼びたくなるような毎週毎週どこかの学校に足を運ぶ親子もいるが、その時間があれば勉強しなさいと言いたい。現在は情報が至るところから出てきて、学校や一部の大手だけが知っているようなことは少ない。業者の説明会と資料の充実ぶりは目を見張るものだし、いまや私だって他塾のブログなどで情報を集めたりする。それでもう充分なのである。よって、以前より生徒への学習面をいかに充実されるかに振り当てる時間が増えた。実に有難い。

公立入試まであと100日をきった。さて、昨日の君は何をした? 昨日と同じ君であれば、明日の君もまた同じであろう。そして、100日後の君もまた今日と同じ君である。今できない人が100日後に変わっているわけがないのだ。

やるべきことをしたものが受かる。

ごくごく当たり前の結果が出るまで、あと3ヶ月と少し――――。

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受験は挑戦の連続だが、ギャンブルじゃない。

これから迎える受験というものを子供が理解していないのは当然だ。経験していないのだから、それをどうやってわかれというのか。だからこそいろいろとああだこうだというが、何事も実際にその時を経てみないと本当の意味で実感することはできない。神様じゃないんだし、ましてや年端もいかない子供達なのだから。

しかし、大人は違う。

少なくともこの日本で過ごしてきた以上、多くの人が受験を経験しているはずだ。

なのに、なぜ子供達に過度の期待と負担をかけ、結果的に自己肯定感をふみにじる時間を過ごさせているのか。あるいは親がそう導いたのではなく、子供本人がそう望んだとしても前述したように子供はまだそれをわかっているわけではないのだから、それは今の段階では違うとなぜ言えないのか。

もちろん子供の可能性は未知数だ。なにがどうなるかわからない。同じように、いつ暗闇の世界に落ちていくかもわからない。子供を信頼するという一方で、信じ切らないことも勇気ではないのか。我が子を我が子としてみることができるのは親しかいない。他人は他人なのだ。

あの塾の合格実績はすごい。あそこにいっているとトップ校受験も夢ではない。上位校に行くならあの塾がノウハウを持っているし、そこを目指す子達が集う環境に身を置くことが子供にとって刺激となる。

まったくもってその通りだ。

が、しかし、受験は検定とは違い基準点をクリアすれば合格できるというわけではない。ましてやギャンブルでもない。

定員というものがある。自分より上のものがいたら合格できないのだ。

相模原市内の公立中に在籍する中3生の数は、今年5月1日現在で5,935人になる。全員が公立を受ける訳ではないし、市外の高校を目指す子もいるだろう。その逆も有り得るし、私学から公立へという子もいるので正確な数字云々ではなく、そのイメージとしてとらえてほしいのだが、例えばこの地区トップ校の県立相模原高校の定員は278人、つまり市内中学生のおよそ5.1%にあたる。これは県相だけでなく、どの地区でも同じような数字となる。もう少し正しくいえば、定員はそのように割り当てられているのだ。

5%、つまり1学年5クラス30人学級であれば7~8人という数字だ。つまり1クラス2人未満である。各地区のトップ校に集う子達というのはそういう子達の集まりなのだ。大学受験にいたってはさらに厳しい世界となるのは必然だ。

そこにチャレンジすることを否定する訳ではない。それは素晴らしいこだ。

が、挑戦するには挑戦する準備と資格が必要だ。特に公立高校受験は内申点という足かせがある。制度のことをとやかくいっても仕方ない。その制度の中でうまく生きていくことも大切なことだ。その内申点がある以上、事前にその高校にチャレンジすることができるかどうかは、別に我々のようなプロでなくても十分に察知できる。そもそも我が子はクラストップの成績なのか。あるいはそこまでの準備を日頃しているのか。その子達は何もせずにその位置にいるのでは、断じてないのだ。

パチンコ屋はなぜ儲かるのか。

アタリに群がる人が多いからだ。確かに一部の人は大当たりで喜ぶだろうが、そんなものはごく一部であってしかもそれは長く続かない。当たり前だ。もし全員にアタリを出していたらあんな一等地に、しかも馬鹿デカい駐車場を完備し、電気を湯水のように使い、最新機器を常に入れ替える営業などできるわけがない。しぼりとってナンボの世界だ。客もそれをわかっているはずなのに、抜けられない。が、一歩冷静に離れてみてみれば、なんと愚かなと思うだろう。子供をパチンコ屋に連れていく親なんていてもごくわずかだろう。そりゃあそうだ、勝てるわけがないとわかっているのだから。

そして、店側はそれをわかっているからどんどんアピールする。店は笑顔で迎え入れるが、心の奥ではほくそ笑んでいる。それに乗っかって散財するのはその人の勝手だが、人にまで押し付けるのはやめていただきたい。

この業界も同じなのだ。

そうやって上位校実績をかかげて、それにつられてやってくる中間層から下位層こそが本当の狙い。なぜなら本当にトップ校に入れる子だけを相手にいるのであれば商売になるはずがない。どの地区でも上位5%しかいない顧客ターゲットなのに、なぜそれほどまでに多店舗展開できるというのか。少し考えれば誰だってわかることではないか。

そういう子供達をウラでは「お客さん」と呼んで、とにかく辞めないようにお金を落としてくれるように誘導する。やればできる、これからです、まだまだ本領を発揮していません・・・。どれもまったくもってその通り。だが問題は、その指導を言葉に責任を持って日頃しているかどうかだ。

冒頭で多くの大人は受験を経験しているはずだと述べたが、この業界はそれを経験してきてその裏側を知っているからこそ、そこにつけ込む輩もいるのだ。

子供をいい環境の塾の入れることと、やみくもに実績だけ、トップ校受験がいいというだけ、周りが行っているからというだけでその塾に入れることはパチンコ屋に子供を入れることと同じことだ。ならば、近いから等の理由のほうがまだいい。

結果、子供は自己否定感のかたまりとなる。

パチンコはギャンブルですらない。完全なる運だ。いつかはアタル時もあるだろう。しかし、受験は違う。大人達は自分が経験してきているのだからわかる部分も多いはずだ。それなのになぜ見えなくなってしまうのか。子供以上に冷静な目を持つことが受験期の親には求められるのではないか。

トップ校受験を目指す、いや今の自分以上の力を発揮するために挑戦することは決して悪いことではないし、むしろ勧めたい。であるならば、もっと適した塾がいっぱいあるだろう。

前述したように、もともとのパイが少ない戦いなのだから、それを本当の意味で実践できるのは小さな塾でしか成り立たない。だからこそ大手に嫌気をさし独立した良識と実力のある講師達がそれを我が手で実現している。そういう塾では形だけの入塾テストではなく、しっかりとした準備と資格を持つ子を挑戦させるために振り落とすこともある。一見残酷なようだが、ある意味とても良心的だとも思う。また、現成績や残り時間、志望校などを総合的にみてお断りすることも責任をもった言動だと思う。

何より、そのような塾では仮に目標校に届かなくても決してお客さん扱いなどしない。だから受験に失敗しても胸をはって次のステージに向かって子供達が羽ばたいていく。そういう塾は探せばいくらだってある。ましてやネットの時代だ。勝手に向こうから飛び込んでくる情報だってあるだろう。

例年この時期になると転塾生としての問い合わせを多くいただいく。いま気が付いて良かったと思う。入試はすぐそこだが、今からならまだ自分を取り戻せる。

全力でサポートするのみだ。

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ミラノ、オカマ襲撃事件

このご時世、オカマなどという表記をしたら百叩きの刑に処されるのも仕方ないが、なにせ30年近く前の出来事であり、かつその様子を克明に記さねばならぬ義務感により当時の感想のままつづることをどうかご容赦いただきたい。

さて、ヘルメットをかぶるのが嫌で野球をやめた鈴木少年は、その後見事にサッカーにハマった。(※なぜにヘルメットが憎いのかについての詳細は弊ブログ「あだ名歴」参照の事)

すっかりラグビー熱で列島が染まってしまったので、サッカーもまた負けず劣らず素晴らしいということをアピールしなくてはいけない。来週には今年最後のW杯予選があり、浦和レッズは2年ぶりのアジアチャンピオンに臨む。が、まずその前に念願のワールドカップへ現地初観戦に行ったときのことを記さねばなるまい。

1990年、イタリア・ワールドカップ。カルチョの国。

すでに21歳となっていた私は、塾のバイト講師としても順調な日々を過ごしていたが、どうしてもワールドカップをナマで観たくなった。ナマという響きに弱いお年頃である。一度その誘惑にハマったらもう抜け出せない。しかも大学生活も残りあとわずかであるから、今ここで旅立たねば社会人になってから何ヶ月も休むことなんてできるはずがない、と思い強引に日程を空けた。

さらにはアイルトン・セナを愛していたのでF1観戦も目論んだ。イギリスからフランス、さらにはイタリア、ドイツなどヨーロッパ各国を巡るバックパッカーの旅だ。実に素晴らしいではないか。

都合のいいことに塾講師の先輩であったI田氏がJTBに内定をもらっていたので、いいからいいから俺に任せろというので飛行機は一任した。結果、行きの航空便は格安の大韓航空となった。JTBのコネもたいしたことないなと思った。

さて、そんなこんなで計画は進み、6月に出発、帰りは9月、3ヶ月間で欧州主要国を巡るという壮大なプランが出来上がった。いや正確には決まっていたのは行きと帰りの日にちだけであって、ルートはおろか宿泊場所の一つも決めずに気が付いたら成田にいた。実に男らしい旅立ちであった。

がしかし、結果的には3ヶ月の予定が1ヶ月となり、塾生には「夏休み明けの2学期に会おう(キリッ)」といったはずなのに、なぜか夏期講習会初日から授業をしていた。なぜにそんなにも予定が短縮されたかというと、涙なくして(無論、笑いの涙である)語れないが、端的にいうとパクられた。

現金はもちろん、トラベラーズチェックも、パスポートも、着替えも、帰りの航空券も、寝袋の収納袋もパクられた。残ったのはポケットの中の小銭としまう袋をなくした寝袋だけである。よって、どこにいくにもその寝袋をズルズルと引きずりながらイタリアの街をさまようこととなった。

まだ麗しき青年だった私が、あろうことか本場のオカマに襲撃されたのは、そんな絶望の淵に立たされる前の、まだ希望に満ち溢れた初夏のミラノ駅。南欧とはいえ、まだ肌寒い夜の出来事であった。

ロンドンやパリの地下鉄は日本と同じようにすでに自動改札であったが、長距離を走る列車にはそのまま直接乗り込む。銀河鉄道999のように様々な列車が発車待機しているプラットフォームは壮観で、しかもすぐ横まで出入りできるのは素晴らしい。さすがにミラノは大都市だけあって、多くの旅人達がホームに入り乱れる。

私のようなバックパッカーも多い。いわゆるリュックサック1つで各国を渡り歩く貧乏旅行者達だ。

彼らはB&Bと呼ばれる簡易民宿(Bed and Breakfast、つまり簡単な朝食と寝るだけの宿泊場所。というかそこらへんにある民家)に泊まるか、または列車の移動で宿泊を兼ねる。起きれば次の街であり、日本でいう青春18キップのようなものは各種あるので、それを使えば貴重な宿泊代も節約できるというわけだ。

そして、次の列車を待つグループは自然と輪になり、今まで渡ってきた都市の情報交換をしたりこれからの壮大な旅路を夢見ながらいつまでも語り明かす。私もその輪に入りいろいろと交流をしていたが、やがて眠くなってきた。

次の列車は早朝の出発なのでそのままゴロ寝をした。まわりは20人ほど男女入り乱れた各国の若者たちだ。まあちょっとのうたた寝くらい大丈夫だろうと横になった。各国の言語が交じり合う彼らの語り合いは心地よいBGMのようだった。すうっと眠りに落ちた。

それからどのくらいたっただろうか。

深夜から明け方というのに、妙に騒がしい。笑い声も聞こえる。

ヨーロッパは偏西風と西岸海洋性気候のおかげで暖かいが、それでもミラノの緯度は北海道・稚内とほぼ同じ。陽が沈むと初夏とはいえまだ肌寒い。寝るときは寝袋にずっぽりと入り、武士のたしなみとして当然のように左腕を下にして寝ていた。

ところが、なぜか右耳(上にしている)だけが妙に生暖かい。

しかも、だ・ん・ぞ・く・て・き・に、ナマ暖かい。

より具体的な擬音を加えるならば、ハァ(暖)・すぅ(寒)・ ハァア(暖)・すぅ(寒)・ はぁああぁ(暖)・ すぅ(寒) ・はぁ~ん💛(暖)といった感じであろうか。なぜだが、かすかなうめき声も入り乱れている。面妖である。

徐々に眠りから覚醒してきた私はその異変さに気付くと同時に、何か下半身にも違和感を感じ始めた。ケツのあたりに何かが押し付けられているようだ。こう、なんというか、押し込まれるというか、突き刺さるというか、グイグイと何かが私の肛門めがけて突進してくるのである。まわりのバックパッカー達の笑い声も徐々に大きくなっていく。

嫌な予感がする。するのだが、怖い。背中がゾクゾクする。

が、しかし、このままではいけない。異国の地にきて笑われっぱなしでは日本男児として同胞の武士の方々に顔向けできない。そこで思い切って顔を向けた。

するとそこには、目と口を半開きにし、恍惚の表情を浮かべた無精ひげのイタリア野郎がいた。

うかつであった。寝ころがった状態で首だけそちらに向けたものだから、モロ至近距離で彼を見てしまった。危なく口づけをかわすところだった。ヤツはぴたっと私の背後から寝袋ごしに寄り添っていたのである。口は私の耳元に、下半身は私のケツにぴったりと。

「おおっっっ!」をうなり声を上げて立ち上がり、すかさずサッカーキックをお見舞いした。長渕剛主演の「とんぼ」放送後であったら間違いなく長渕キックをお見舞いしたことであろう。

いま思えばそれが間違いであった。かかとの裏で相手をなぎ倒す長渕キックであれば、あるいは踏みつけるようにしてヤツを叩きのめすことができたのかもしれない。が、サッカー部主将であり、そこはカルチョの国イタリアであり、時はまさしくW杯で盛り上がる日々であるから、大会でメキメキと頭角を現していたスキラッチよろしく弾丸シュートをかますべくインフロントキックをお見舞いした。すると当然のことながら物理的法則によりヤツはゴロゴロと転がる。

ひげ面イタリア野郎は下半身丸出しであった。

しかもそのブツを我がケツに押しつけていたのであるから、当然のごとくそのモノはそれらしくなっており、それがヤツの回転とともに、ブツ→ケツ→ブツ→ケツと公衆の面前のもとに露わとなったのである。

大歓声が起きた。爆笑である。笑い声は各国共通であることを知った。

が、イタリア野郎もめげない。回転が収まるとすくっと立ち上がり、あろうことか「へへっ、へへっ」と薄ら笑いを浮かべてまたしても近寄ってきたのである。敵ながら見上げた根性であった。

がしかし、異国の地でまさか貞操を失うわけにはいかない。日本語で「バカヤローっ!」と叫びながらヤツのブツめがけてプラティニばりのボレーシュートをかました。

ヤツは地獄の痛さであったのだろう。今度は泣きながら去っていった。現場にはヤツのズボンが残されていた。

観衆は大盛り上がりである。拍手が起きていた。私も手を振って応えた。その後、別の若者が寄ってきて、まさか今度はこいつかよと思ったが、優しい笑顔を浮かべながらこれをあげると自分の着ていた上着をくれた。なにやら文字を書いていたが、右から左へニョロニョロとアラビア文字を書いていたのでおそらく中東の国の人だったと思う。よくわからないままいただいた。その上着は旅行バッグの中に大切にしまっておいたが、のちのパクられ事件でそれも紛失することになる。彼は今どこで何をしているのだろう。

騒ぎも落ち着き、始発の列車が動き出した。朝陽がまぶしい。

私の次の目的地は水の都ベネツィアだ。どうしても行きたかった場所の一つだ。希望を胸に抱いて列車に乗り込んだ。

が、その列車の中で前述の事件が起こる。ベネツィアは涙の都となったのである。

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本物とは何か。

あちらこちらに「本物の教育」とか「本物の経営者」などという言葉が流れる。その「本物」について思うところを2、3書こうと思う。

身近なところで本物とニセモノで思いつくものといえばブランドものの服やバッグだろうか。ところが、そもそも本物を知らない私やK奈子さんにとっては、実はその違いがわからない。無名のものであっても使えて、適正価格であれば十分なのだ。

さて、これは不幸なことなのだろうか。

また、某局の名物番組「開運!なんでも〇定団」で、今まで目にも留めなかったものが本物と鑑定され驚くような金額が提示されたり、その逆で代々伝わる家宝が実はどこにでもある普通のものだったりなどもある。たまに見て思うのは、はたしてその鑑識眼は「本物」なんですか、ということなんだがまあ一種のエンタメなんだろうからそれを含めて楽しめばいい。いちいち目くじらをたてることではない。だが、それらに対する心持ちが人生の岐路だったりする。

では、実際に本物とニセモノで最も困るものはなんであろうか。

まず、紙幣が思いつく。いま財布に入っている1万円札が実はニセモノで、これは使えませんどころか犯罪者として疑われたらたまったものではない。実際は見ればわかるし、触れば違和感を感じてすぐに見分けがつく。が、これが他の国の紙幣だったらどうだろう。その違いがわかるだろうか。

他国に限らず日本のものだって少し前のお札ならわからない可能性が高い。ここ最近見ることも触れることもめっきりなくなった2000円札なんて、ひょっとしたら見分けがつかないかもしれない。極端なことをいえば、政府が真っ白な紙を出して「今日からこれが本物の紙幣だ」といえばそれが本物になるのである。

あるいはそれが本物の紙幣であったとしても、例えばスーパーインフレになればその信用は失われる。つまり、本物がニセモノ同様の価値になってしまうこともあるだろう。

先程の他国の紙幣に関していえば、例えばユーロなりドルなりをもって(もちろん本物の紙幣で!)コンビニで使用しようとしても「はぁ?」といわれるだけだ。中国人の子だからといって授業料を元で払われても困る。が、もちろんそれぞれの国ではきちんと支払いができる。なぜだろうか。

一方で、スマホをかざせば買い物をすることも可能だ。カード1枚あれば、世界中どこででも支払いができるのだ。

こんなたとえ話を一つ―――――。「ニセモノの1万円札をあぶりだしたい政府は1枚につき懸賞金2万円をかけた」

ニセモノが本物以上の価値を持った瞬間である。

ニセ札づくりは大罪だ。しかし、例えばそれを授業で扱ったらどうだろう。1万円札を手に持ち、大きさや形はもちろん、まったく同じ図柄を書く。紙も様々な紙質のものから選び、重さもきっちり量る。できれば磁気なども調べられたら面白いだろう。機械は何をもって判別するのだろう。そんな視点で紙幣をみると何かを感じるかもしれない。そして、そっくりなものを書く。

でも、それは使えない。なぜだろうか。

そこを学ぶのだ。学校でやったら大騒ぎだろうが、塾なら大丈夫? (ここはイルム元町スクール・甲斐先生に期待)

なお、紙幣を複製した際は「通貨偽造罪」及び「通貨及証券模造取締法」違反に該当する恐れがある。ここで偽造と模造の違いを調べたり、では変造とは何かを考えるのもいい勉強。以前はよくあった500円玉をタバコがすり抜けるマジックが最近見られなくなったのはなぜだろう。さて、「通貨偽造罪」は刑法第148条から第153条に規定されている。違反した場合は3年以上又は無期。無期まであるというのがいかに罪が重いかがわかる。ただし、使用する目的で偽造しなければ罪には問われない。よって教材等で使用する分や子ども銀行券的な使い方には大丈夫な可能性が高い。また「通貨及証券模造取締法」に違反した場合は1ヶ月以上又は3年未満となっている。こちらは行使の目的が問題となっているわけではないので、使用目的ではなくてもヤバい場合がある。ヤバい図工はマジモノなので、もし教材等で使用するとなるとこちらの方が危ない。よろしいですか、甲斐先生。

どんなに時間をかけ、どんなに精巧につくってもそれはニセモノだ。がしかし、それはその子がつくった「世界でたった1枚の作品」でもある。

本物とニセモノの違いはなんだろうか。

認定する人や機関によって大きく左右される。疑いの目を持ち、本物とは何かを探る目を持つ。本物は変わる可能性があるのだ。

自分の目で確かめ、良く聴き、手で触れて感じる。世界のどこかの誰かが自分の都合のためにつくった本物より、自分自身でこれは本物だ、偽物だと決めていけばいい。怖いものはなくなる。

ましてや教育や経営はモノを相手にするのではなく「人」である。いろいろな人に対し様々な人が日々工夫し実践しているものに、果たして「本物」と定義づけることができるのであろうか。

ある人にとっては本物であっても、別の誰かにとってはニセモノかもしれない。その逆もまた然り。我々が目指すものは、どこか遠くでそりゃあニセモノだよとか、これこそが本物といった声におののき惑われるのでなく、目の前に子供達にとって「本物」であるべく日々努力精進することではないだろうか。

という論こそ「本物」なのである。←ツッコミどころです。

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教科書の古典的題材「故郷」に想うこと。我流解説。

魯迅は激烈であった。

その人物はもちろん、彼が生きた時代もまた激動であった。

おそらく多くの学校で中3国語は「故郷」が出題範囲となるだろう。この「故郷」、薄暗く緩やかな出だしと希望へと結ぶラストにより、ほんわかとしたユルい小説あるいはダメな人間ばかり出てくる暗いお話というイメージを持つ子も多いが、中国混乱期の民を奮い起こすべく書かれた檄文である。

小説は時代を映し出す。作者が生きたその時代背景を知れば知るほど物語は深くしみ込んでくるが、それもまたうっとうしいというのであれば冒頭に書いた「魯迅は激しく生きた人であった」だけでも頭の片隅に入れて読んでほしい。それだけで少し違った側面を感じるかもしれない。

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中3生は次の定期試験でいよいよ内申点が確定する。どの子も一生懸命頑張っているだろう。

期末テストは科目も多く、また成績付けのため課題も多い。よって優先順位のつけ方が肝心だ。多くの子が数学や理科、英語などに手を付け、国語は後回しになることが多いのではないだろうか。あるいは範囲内の漢字は練習するが文章題は何をやっていいかわからない、または読めばわかるといって手をつけない。限られた時間と教科の性質上、仕方のない部分ではあるが、国語でも「やっておけば確実に点が取れる」という部分がある。もちろん前述の漢字はもちろんだが、文法や古典などもその部類に入る。

そして、「故郷」がそれにあたる。

中学国語の教科書は光村、東書、学図、三省、教出であるが、その5社すべてに採用されているのが「故郷」であり、しかもそれは長年続いている。私の中学時代も載っていた記憶があるので、もはや教材として古典だ。となると出題内容はほぼ出尽くしたといっていいだろう。どの先生もこれが出題されるとわかっている。しっかりとやっていれば確実に点がとれる。

まずこのような長文の場合、どこを重点的に読むかだが多くは文章のラストが出題される。出題用紙全部にこの長文を載せるわけにはいかないのでどうしても場面は絞られる。1割は故郷に戻ってきた冒頭、わずかに中盤のコンパスことヤンおばさんとの出会い、9割方は「古い家はますます遠くなり、故郷の山や水も遠くなる。」以降だろう。よって、ここをしっかりと読み込む。過去問に頼らず、教科書をしっかりと読むことが大切だ。

多くのテキストや参考書、もちろん学校の授業でポイントを解説しているだろうからそこをなぞればよい。どのテキストも同じような問題があるだろう。つまり、それだけ重要だということだ。そこに自分の学校の先生の授業を思い出し、ノートなどをチェックする。

例えばラストの「もともと地上に道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。」などは必出どころではない。これは何を意味しているのか、しっかりと書けるようにしておくこと。他にも偶像崇拝とは何か、香炉と燭台↔私のいう希望、手製の偶像などは絶対のポイントだ。また、私の生活、ルントウの生活、他の人のような生活もそれぞれ新しい生活、私達の経験しなかった新しい生活と結び付けて理解しておくこと。これらは多くの練習問題に例題があるので、そこをしっかりやっておくこと。

だが、「故郷」はこのテスト対策のためだけに読むのは惜しい。

私が小説的に好きな部分は「現にホンルはシュイションのことを慕っている」という部分と「ラストの段落の最初の二文」だ。

前者はなぜシュイションはホンルのことを慕っているではなく「ホンルが」慕っているという順番なのか、が大切だ。こういった何気ないことがらにも筆者の想いが込められている。

また、後者の部分は出題されることはおそらくないだろうが、ぜひ心に留めておいてほしい箇所だ。小説にしろ映像にしろ、悲しみを悲しい、喜びを嬉しいとそのまんまモロに表記したり表現したりするのはあまり上手な技法ではなく、また深みを欠く。何気ない情景描写にそれを代弁させたり、あるいは読む人や観る人にゆだねだりする。

最後の段落の最初の出だしはこうである。

「まどろみかけた私の目に、海辺の広い緑の砂地が浮かんでくる。その上の紺碧の空には、金色の丸い月が懸かっている。」

この文に見え覚えがないだろうか。冒頭でルントウとの再会の時にも描かれた描写だ。「このとき突然、私の脳裏に不思議な画面が繰り広げられた。―――」と以下、同じような場面を魯迅は描く。

が、一つだけ決定的に違う部分がある。そう、そこには「銀の首輪の小英雄」はいない。

ここに魯迅が故郷への決別とまた同時に、決して捨て去ることのできない故郷への想いが交錯しているのだ。

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教科の垣根を越えて社会の先生に、この頃の中国、つまり五四運動や国民党と共産党との争い、毛沢東についてのこと、もちろん日本との歴史なども聞くとよいだろう。魯迅は日本との関係もまた深い。

あるいは高校になって世界史や日本史をもう少し細かく勉強してから、もう一度読むものいいかもしれない。

当時の中国に限らず、国が狂っているときは言葉そのものが弾圧される。

その限られた表現の中で、違うものは違うと批判し続け、新しい中国、いや中国だけでなく新しい世界をつくるべく言語の世界で激しく生きた人が魯迅である。永遠の批判者である。毛沢東は魯迅を絶賛したが、おそらく現中国に対して強烈な批判を加えるだろう。また、今の日本や世界に対しても、その鋭い筆先で恐れることなく自説を展開するに違いない。

この「故郷」、ぜひ「一人の戦士」が書いた文としてもう一度読んでみてほしい。

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NHKこそ軽減税率8%となる努力をせよ。

ツイッターのTLから「イートイン脱税」なる、なんとも摩訶不思議なワードが流れてきた。配信元はNHKニュースである。

私は8%も10%もあまり大差ないと思っているので、買い物の際は特に気にていない。誤解なきように申し上げておくが、別にお金をもっているわけではなく、逆に大きな買い物をしないので(できないので)その差をあまり実感していない。また、その数円の差であれこれ思い悩む時間こそ2%の対価となり得るかと思うと、むしろ時は金なりなので考えるのはやめている。

が、2%の差を求め、小さな小売店が経営努力することも我ら庶民が様々な工夫をすることも決して愚かではないし、事前に予測できたことだと思っている。

NHKの受信料は消費税10%がかかる。新聞は軽減税率8%だ。

なぜに新聞は8%になるかというと「定期購読」と「政治、経済、社会、文化等に関する一般社会的事実を掲載している」という2点だ。

NHKは定期購読どころか、強制的に毎日定期受信させられているし、まあ一応だが政治、経済、社会、文化等に関する一般社会的事実を放送している。新聞を定期購読している家庭は激減しているのに、NHKはほぼ全世帯が強制定期受信しているのだから軽減税率の対象となってもおかしくない。

新聞各社が「知る権利」のために軽減税率の対象であると息巻いていたが、NHKこそどこよりもその主張をすべきだ。

なお、我が家の地区はJ:comなくしてテレビを見ることはできないので、逃れようがなくしっかりきっちりお支払いをしている。父と母が朝から晩までテレビを見まくっているので我が家に関しては特に文句はない。

ただし、テレビをもっているだけで受信料を払わなければいけないヤクザ商法にはまったくもって納得がいかない。それを容認する司法もバカげている。よって、国民審査では必ず全員に「×」をつける。

消費税10%になることを受けて受信料2%の実質値下げといかにもそれらしくアピールしているが、すべては自分達のアピールであって、公共放送と自負するのであれば公共のためにもう少し頭をつかって動いてほしい。

ちなみにこうして常日頃NHKの文句ばかり言っているが、決して某N国党の支持者ではない。むしろ彼らの出現によってNHKを追い込むことができなくなったと思っている。

「イートイン脱税」なる、いかにも正義の刀を振り上げているが、まずは自分の足元を見よ。一般庶民はそれくらい敏感なのだ。その感覚こそ公共放送の肝であるべきであろう。

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ロト6・3等60万当選、その瞬間

ガリガリ君の「当たり」が今年10本目となった。

うち7本は夏期講習会中の「漢字ビンゴ」の賞品として小学生にあげてしまったので、手元には3本しか残っていない。昔からこういうちっちゃい当たりは結構ある。

実はここだけの話であるが、ロト6の3等がヒットしたことがある。

がしかし、この3等というのは誠に憎たらしく、6個の数字のうち5個が的中したのに3等なのである。1つしか外れていないのになぜに2等ではないのかという恨みつらみは一生続くであろう。

なぜならば、当選金の差が1等と2等の場合ゼロ1つに対し、2等と3等は2ケタも違う。つまり、1等は億であり2等はウン千万であるのに対し、3等はミリオンではなく数十万円となる。なぜであるか。ミリオンとは相性が悪いのであろうか。恨みを買う覚えもブロックされる覚えもまったくないのであるから、誠にもって理解しがたい。

といっても、昔の話である。独立直後の頃だった。

K奈子さんと「シェーキーズ、食べたいよなぁ」という話になり、横浜駅西口に出かけた。昔は町田とかいたるところにあったのに、今はとんと見かけない。が、あのパリッパリのピザとちょっと辛めのポテトがときに無性に食べたくなって仕方がない時がある。ビールとの相性は素晴らしく良い。

いい感じで酔っ払いかつお腹もふくれたので、さて帰えんべぇか、という時にふと見ると宝クジ売り場があったので胸ポケットに入れておいたロト6を出した。言うまでもなく紳士のたしなみとして毎週決まった番号を購入している。塾独立直後だったのでとくに気合を入れて買っていた頃だ。なお、気合を入れてもまったく効果はない。

当選番号は必ずチェックするのは当たり前。生徒答案の採点以上に目を凝らし、かつ二重三重の確認をする。が、なぜかその時はチェックをせず、胸ポケットに入れたままだった。

「これ、お願いしま~すっ」と酔っ払いながら窓口に出した。いつもなら「残念でしたね、次回こそ大きな当たりがきますように」とおばちゃんに言われるだけなのだが、この時は判別機に入れた途端に「ピコーン」と何かが鳴った。

おばちゃんが「あっ」と言った。

次回のロトを買おうとポケットからお金を出そうとしていた私は何が起こったかわからず、何の音だと思いまわりをキョロョロ見渡した。

K奈子さんはティッシュ配りに捕まっていた。

一瞬、時が止まったが、持ち前の金に対する鋭敏な感覚がすぐに呼び起こされ、これはキタのかっとこぶしを握りしめた。いつもなら5等当選が精一杯で「アタリ 900円」みたいなショボい表示がされるのだが、それがない。周囲の人にわからないように高額当選の場合は当たり金額が表示されないのだ。よって、逆に期待が高まる。

おばちゃんはさっきから「ああ…」とか「ひぇ~…」とかつぶやいている。そして私を指で手招きし、声をひそめながら「当たりましたよっ。銀行に持っていってください。ここでは換金できませんから」という。5万円以上は宝くじ売り場では換金できない。実に素晴らしいではないか。興奮度MAXである。

しかし何等が当たったのか、そして肝心の当選金額がわからない。後ろに誰もいないことを確認してから、意を決しおそるおそる聞いてみた。

するとおばちゃんはより一層声を低くし「番号1つだけ違うの。他は全部当たってる」と手を口元にもってきながらささやく。私は心の中で叫んだ。1つだけ違うってことは、億じゃなくても数千万かっ!

一瞬だがハワイの絶景が目の前に浮かんだ。行ったことないのに。

するとすかさずおばちゃんが「3等ですよ~」といった。へっと笑った気がした。3等がいくらなのかその瞬間はわからなかったのですぐに当選金額を確認した。60万円超だった。

微妙である。

一生のうち宝くじにアタルなんぞ1回あるかないかに違いない。どうせならガツンときてほしい。これで人生のアタリはすべて使い果たしてしまったのか。実に無念だ。俺の5億円はどこにいったというのか。はかなくもついに夢は果てた。

が、60万は60万である。よ~く考えるとじつに大金である。嬉しい。でも悔しい。

ティッシュ配りの次はなんだかわからないビラ配りに捕らえられていたK奈子さんを急いで連れ戻し、「おい、キタぞっ!」というものの、K奈子さんはなぜそうなったのか両手いっぱいのティッシュをカバンに詰め込んでいた。「キタんだよ、キタっ。いいから銀行いくぞっ」とこれまた駅西口のみずほ銀行に駆け込んだ。

なお、K奈子さんは若かりし時、JR横浜線十日市場駅前で宗教系の勧誘にまんまと捕まり「はい、あなたは今、あなたの未来が見えます」とおでこに手をかざされながら30分も神について語られた前歴がある。

また、家に来たこれまた怪しげな訪問販売に捕まり「仙台藩主ご用達・おばあちゃん秘伝!嫁ごろしの辛口赤味噌」という謎の宣伝文句に心を奪われ、あやうく味噌1㎏に30,000円も払いそうになった。部屋の奥にいた私が異変に気付きギリギリのところで食い止めたという前科もある。

ちなみにこの味噌事件には後日譚があって、家族全体で笑い者にしていたら私の弟のお嫁さんがその味噌を前日に買っていたので、さらにひっくり返って腹がねじれるほど笑った。せっかくなのでおすそ分けをいただいたが、ごく普通のマルコメ味噌であった。

というわけで、いつどこでどんな攻撃を受けるかわからないK奈子さんはオドオドしながらもギラギラした目で周囲を威嚇していた。私達に誰も近づくなという意思の表れだったのだと思う。

面白いことに銀行では「宝くじ売り場で確認されましたか」と聞かれた。どうやら自分で新聞やネットで確認して胴元である銀行に直接持ち込んでも、その前に宝くじ売り場で確認しなければいけないらしい。

運転免許証を出し、いろいろと書類を書いた。「口座に入れますか、現金にしますか」というので「もちろん現ナマで」と答え、待つこと30分くらいだろうか、普通に窓口で呼び出され、普通に渡された。60万程度は彼らにとって日常なのだろうが、こっちにしてみれば超大金である。「おおっ」と声が出た。

帰り道、私はニタニタし、K奈子さんは周囲はすべて敵!という顔で周りにガンを飛ばしていた。悔しさと嬉しさが入り混じる、なんともいえない様子だったが、きっと錯乱の一歩手前だったのだろう。 何度も何度も後ろを振り返り、かつ口からよだれみたいなものが出ていたように思う。幸いにも暴漢に襲われることもなく、なんとか無事に帰ることができた。

その金で杯盤狼藉の限りを尽くそうと画策したが、K奈子さんの強い強~い泣きによりその願いははかなくも消えた。独立して間もないころであれこれと支払いがたまっていたので、瞬時に消えたのである。60万なんてあっという間だ。

あれ以来、確率的にはもう2度とくるはずもないのだが、これもまた武士のたしなみとしてほんの数口だが買い続けている。半分近くは地域貢献に使われるというホントかウソかわからない言葉を信じ、寄付だと思って自分を慰めながら購入するのである。

が、しかしよくよく考えればたかが3等ではないか。1等をスマッシュヒットさせてこそ、日本男児である。

奇しくも本日はロト7の抽選日である。しかも令和1年11月1日であるから「1」が並ぶ。吉兆である。と思ったら、全国みな等しく誰もが1111であることに気が付いた。

惜しくも昨日のロト6は撃沈であった。カスリもしない。がしかし、それはすでに織り込み済みである。なぜならロト7はキャリーオーバー10億円であるのだから、こちらを呼び込むための呼び水にすぎない。人生何があるかわからない。だからこそ人生は苦しくもあり、楽しくもあるのだ。

「やんごとなき諸事情により塾は今年いっぱいで閉塾します」とツイートしたら、コイツやりやがったなと思ってください。

たぶんマレーシアかタイに行きます。

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朝塾のすすめ 4

塾としてやるのは大変。カラダ、壊します。

以上です。

――――と終わってしまうのもあれなんで、ちょびっとだけ。

実は朝のみの塾にしたいのが理想。

しかし、塾というものはやはり学校が終わってからが通いやすい。メインとなる中学生は朝練があり、また高校生は通学に時間がかかるので朝に時間をとるのがなかなか難しい。大変有難いことに夕方と夜の授業にお通いいただく方はとても多い。それをすべてお断りすることはできない。よって塾はどうしても夜が主となる。

また、朝と両立するのは講師側も大変。組織でやるとなると、朝専任で回せればいいが上記理由によりどうしても兼任となる。これぞまさにブラック企業の典型だ(笑)。

うちが長くできるのは自宅であることが第一。通勤時間ゼロなので早朝でも苦ではない。また夫婦ふたりというか家族全体での協力体制があり、朝の学習はとてもいいという理念と確信を持ち続けているから。なんにしてもそうだが、ここがブレると長続きしない。

そして何より、通っていただける生徒保護者がいるから。確信をもったご家庭が多いのでこちらもブレない。大変に有難いと心から思う。

さて、塾で導入するならどんな形がいいか。といってもはっきりいって大変であり、柱となる収益には正直なりにくい部分もある。

しかし、他塾はやっていないし、意識の高いご家庭からの注目は熱い。話題の切れ端にも乗る可能性は高い。朝から夕方や夜への入塾につながることも多い。広告的な部分もある。

よって、やるなら季節的なイベントがおすすめ。例えば、定期テスト数日前から当日までの間で限定してやるなどがいいと思う。あそこはテスト勉強を朝から支援してくれるというのは親としては心強いのではないか。その時期は朝練もなくなるし、障害は少ない。

まだ朝塾コースというものがしっかりと確立していない時は、入試直前の1ヶ月前から強制的に朝学習に来させていた時もあった。無料かつ送迎付きで。ものすご~く盛り上がったし、入試にむけて気合も入っていった。

また、私の弟のイタリア料理店の設備を使って、朝食を提供していたこともある。私が授業そっちのけでご飯を作りまくっていた。抜群の反響だった。私もメチャクチャ楽しかった。飲食店設備があったのでできたがまあ普通はできないかな。朝マックとか24時間の牛丼系のお店などがやっているのでそこから仕入れるのもいいと思う。子供達は喜ぶし、親も楽でいい。栄養は心配だけど。

学校が目の前にある塾ならばとても面白いと思う。あるいは駅の目の前など。その場合、学生に限らず社会人もターゲットになる可能性がある。

あとは朝学習の前に「体操」を取り入れようと真剣に研究したこともある。場所はうちの屋上だ。なぜだかとん挫しているが、そういえば朝塾をやっている子で、塾に来たらまず素振りを始める子もいた。それで目が覚めるし、野球の練習にもなると毎日気合を入れていた。彼は今どこで何をしているのであろうか。

一時期、朝に「習字」をやろうと考えたこともあった。K奈子さんは師範レベルで字がうまく、資格もとれる級だか段だかを持っているはず。私は私なりの字で突破する。朝の清廉な空気の中で、墨をすり、筆をすべらす。なんて素晴らしいのだろうか。いつか実現したいと思っている。

・・・・・というわけで、スポット的な参戦であればいろいろと面白い道も開けるだろうと思います。

さて、ちょろちょろと続いた今シリーズも今回で最終回。まとめとして「朝」の学習をうまく活かせるコツを一言でいうのであれば、

―― 朝「も」やるのではなく、朝「に」やる ――

これに尽きる。あれやこれやと欲張らずに一点集中で突破する。いや、一点集中だから突破できる。

思いきって朝にシフトしてみようという方(生徒はもちろん塾運営としても歓迎です)はぜひお気軽にご相談くださいね。いいご提案ができると思います。

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朝塾のすすめ 3

どんな勉強方法も万人に合うとは限らない。

この朝塾もすれ違いは今まで何度もあった。事前に面談をし、必ず1週間の無料体験も経て、かつその後にもう一度面談をしてから正式に始めていくが、それでもうまくいかないことは度々ある。

習慣化を主眼におかない場合、長続きしない。

朝の学習に魅力を感じているが、今まで学校に行くのもぎりぎりに起きていた。だからこそ、早起きという習慣をつけさせたいと親が願い、朝塾を申し込んでみたものの急にはすべては変えられない。だから、無理をせずにまずは隔日、つまり月・水・金あたりから始めてみようという感じだ。

気持ちはわかるのだが、子供としては逆に辛くなることが多い。また、リズムが異なるので定着しない。慣れてきたら増やすということだが、そもそも慣れない。よって、1ヶ月もしないうちに起きられなくなってくる。

また、いきなり高度なことを求めすぎてもダメだ。まずは手を動かすこと。計算など必然的に手と頭を使わなければ始められないようなものからスタートする。じっくり考えなければいけないような応用問題や長い文章題は慣れてからがよい。でないと、眠くなる。学校でよくある朝の読書タイムなどよく続くなと思うのだが、あれはかなり高度な時間の使い方だと思うのだが実際はどうなのだろう。みんなしっかり読めているのだろうか。まあ、寝てるに違いない。

いずれにせよ、事前の面談でもこういうパターンは続きませんよ、と何度も話をしているのだがなかなかうまくいかないもあるということだ。

ただ1つ言っておきたいのは、それですべてが駄目だということではないのだということ。その場合は朝の活用がうまくいかなかっただけで、夕方や夜にしっかりやればいいと思う。試してみてダメだった、だから絶望ではなく、だからこそ別の方法で再チャレンジするというのが正しい考え方だと思う。

朝塾の一番のポイントは習慣化である。まずそれを第一にすることが肝要だ。

これは朝塾に限らずなんでもそうであるが、親が入れ込みすぎている場合だ。朝の活動に関しては、親からの評判はかなりいい。社会で活躍している方々にとっては非常に魅力的だし、実際に自分も周りの人も朝をうまく活用している人が多い。だから子供にもそれを身に付けさせたいという思いだと思う。

そして、大人と子供の感じ方の違いでよくあるのは、大人は「周りがやっていないからこそチャンス」ととらえるが、子供は「なんで俺だけ…」となる。みんなやってないのになんで自分だけがやらなきゃいけないの、となることが多い。気持ちは非常によくわかる。が、そこを脱却することこそ大事なことだ。

ここらへんの子供と大人のすれ違いは今後も人生にも大きく左右する部分なので、朝塾というのはそういった生き方も含めて話を進めていくのが良いと思う。

1つ言えるのは、子供に朝頑張ってほしいならば夜のゲームとスマホを規制すべきだ。とにかくあれをいじっていると夜に早く寝ることはできない。はっきりといえることはこの1点だけかもしれない。

うちの朝塾の場合は基本的に自立学習、自学がメインだ。状況に応じて板書を使った講義を行う場合もあるが、多くは自分で課題を探し、自分で調べ、自分で解いていく。

冒頭で万人に合うとは限らないといったが、自分のやり方が確立していないのに最初から選り好みは避けるべきだとも感じる。まずはやってみる。その際は先人のアドバイスに素直に従い、それでもしっくりこなければ別のやり方をチャレンジすればよい。

今までのやり方がしっくりこないというとき、朝の学習にチャレンジしてみてはどうだろうか。最初は辛いかもしれない。が、少なくとも3ヶ月は続けてほしい。何かが生まれてくるかもしれない。実際、塾生の多くが軌道に乗ってくるのは2~3ヶ月過ぎてからという子が多い。それでも合わない場合はまた別の方法を模索すればいい。

そして、始めるなら今の時期がラストチャンスだ。冬の寒い朝はなかなか布団から出られない。しかも、真っ暗だ。これはかなり大きな障害で気持ちだけではどうにもならないこともある。ならば、春まで待った方がよい。何気にこういうことは大事だ。生物として朝の陽ざしを浴びて活動を開始するということは実に理に適っているなと実感することは多い。

逆に言えば、入試にあわせて朝型にしようと思うのなら今から始めないとなかなかうまくいかないと思う。無理をしてかえって体調を崩すだろう。

朝の学習は効果的なことも多いがリスクもある。一部の地域や学校で強制的に全生徒に強いてるところもあるようだが、それには疑問を感じる。朝に合っているか、あるいは合わせようという気持ちがないのに無理矢理やらせることは賛成できない。

ただ、私自身は生活パターンを朝に変えてよかったなと思っている。

次回、塾の営業として朝塾はどうなのかについてちょびっと書こうと思う。

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朝塾のすすめ 2

「集中」と「継続」、この2つがなければどのような方法論をもってしても成果は出ない。勉強の効果を上げるためには必要不可欠なものである。

がしかし、この2つを年間通して実現していくことはなかなか難しい。そこで、毎日同じ時間帯に、同じ時間数で、より集中するためにはどうしたらいいのかをとことん突き詰め、考え抜いた結果、たどり着いた一つの答えが「朝」であった。

集中と継続の大敵である様々な障害や誘惑が、朝は少ない。

夕方や夜は学校の部活やクラブ、行事などもあれば他の習い事もあるだろう。友人からの誘いもあれば、家族でお出かけなんていう日もあるかもしれない。さらには、それまで学校にいたので体調不良も起こりやすく、そうでなくても単純に疲れちゃったという時もあるだろう。

が、朝に習い事があるわけでもなく、親は当然仕事だからお出かけなんてこともない。朝のテレビはアニメもドラマもバラエティもやっていない。

さらには、多くの同年代の子は寝ているのでLINEを気にする必要もない。これは実に大きい。

夕方以降に毎日同じ時間に同じ量の学習時間を確保するのはかなり難しいが、朝であれば容易に実現できる。

そもそも人間は夜行性動物ではない。生物として本来の正しい時間に生活しなければ、持っている能力を十二分に発揮することは難しいだろう。

では、朝は眠くないのかというば、実は眠い。私は毎朝とことん眠い。しかし、同じ眠いにしても夜はどんどん眠くなる一方に対し、朝は徐々に目覚めていく眠さだ。最初は辛いなと思っても朝の光を浴び、外の新鮮な空気を吸って活動していくうちに勝手に目覚めていく。この感覚はとてもいいものだ。

長い時間勉強するために夜遅くまでやっていると、身体がそれに慣れてしまう。夜にならないとやる気がでないとか、本調子でないといった具合に自らに暗示をかけてしまう子もいる。これらよってどのような結果になるかというと、試験本番で本来の実力を出し切れなくなってしまう。そもそもテストは午前中から始まる。夜遅くからの入試などない。「塾ではよくできている」のに「実際のテストでは取れない」という時に「今回は(も)ミスが多かった」や「試験・本番に弱い」で片づけていないだろうか。それでは根本的な解決にいたっておらず、次もまた同じような結果になるだろう。テストの結果が十分でない場合、そこにはいろいろな要因が重なっているが、例えば活動時間のズレもその一つではないだろうか。脳や身体のサイクルが合っていないことも有り得る。テストが夜であれば十二分に実力を発揮できるかもしれない。が、テストは朝なのだ。朝に標準を合わせて身体のサイクルをつくっていくことはとても大事なことだ。

朝は終わりが決められているのもまた利点だ。夜はダラダラとしがちなのに対し、朝は学校に行く時間が決められている。何気にこういったことは大事で、必然的にテキパキとやらざるを得ない。よって集中力が増す。

朝塾のいいところは、実は朝だけではない。

生活習慣が一変する可能性が高い。朝早い→早寝しなければいけない→翌日のために早めに準備をするという循環が生まれる。つまり、当日の朝だけなく、前日からの生活様式ががらっと変わる。これは親としては嬉しい。

勉強ができるようになるためには、こういった生活全般の基礎的なことが重要になってくる。長年いろいろな子をみてきたが、伸び悩む子に共通することの一つとして生活習慣がきちっとしていない場合が多い。決まった時間に決まったことをする。たったこれだけで見違えるように変わってくるのだ。

また、これらに付随するオマケとして親(とくに母親)がイライラ、プンプンすることが少なくなるので家庭内の雰囲気が格段に良くなる。これは嫌味でもなんでもなく実に重要なことで、こういったことが子供の学習環境や意欲を向上させるのだ。

朝の活動は親にとってもいろいろな福音をもたらすことが多い。夜遅い外出の心配もないし、朝テキパキと子供が動けば家事もスムースに進む。勉強を勉強だけでみるのではなく、生活全般・家庭全体をみて総合的に取り組んでいくのがいい。一つ歯車が動き始めると、いい方向にグングンと回っていくものだ。

以前、この朝塾について地元ラジオのFMさがみから取材を受けた。3週に渡ってK奈子さんと2人でお昼の番組に出演し、朝塾の概要を述べた。生放送だったのでかなり緊張したが、まあそれなりにしゃべれたかなとは思っている。その時の様子もぜひお聴きになっていただけたら嬉しい。

だが、すべていいことばかりではない。

うまくいかなった事例もある。そういったところからもまた学ぶことが多いだろう。次回は朝塾失敗例を述べたいと思う。

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