入試制度が変わって、何が変わったのか。

神奈川県出身の保護者の方はご自身が経験されているだろう。大昔の神奈川県公立高校入試には「ア・テスト」なるものがあった。

正確にはアチーブメントテスト。本来の意味は理解度・学習度の到達を測るテストという意味なので今も普通に使われる名前だが、神奈川県民にとってはだいぶ意味合いが違う。小学校などで今度アテストがあるんだなんて聞くとドキっとする保護者も少なくないはずだ。

いわゆる悪名高き「神奈川方式」である。中2の3月に実施され、合否に占める割合は時代によって20%~25%。恐ろしいことに5教科ではなく9教科の県下一斉テストであった。

合否判定はどのように行われたのかというと、ア・テスト9科が20%、中2学年末と中3の2学期の9教科内申点が50%も占めた。つまり、入試を受ける前にすでに70%は決まっていたのである。

なお、当時は相対評価10段階であり、中3の5科は2倍、4科は1.5倍に計算された。その分ア・テストの技能4科は0.5倍だった。中2ア・テスト終了時点で学年末の内申と合わせて40%近くが合否に関わる得点となり、もうその時点ですでに受験できる高校は決まっていたに等しい。前述のように入試の比率は30%しかないので、入試当日の逆転は本当に稀であった。

しかもすべての情報を中学校側が持っていたので、主導権は中学校にあった。輪切りによる進路指導全盛期である。さらには校長会なるもので、事前の受験希望校も把握しきれており、12月最後の三者面談は実質合否判定に近い。

「15の春を泣かせるな」の合言葉のもと、学校側は公立入試を完全にコントロールしていたが、一方で生徒は中学校生活すべてが受験の人質となっていたため、さすがにこれはまずいと思ったのか21世紀を前に廃止された。10段階評価から5段階評価へ変わったのもこの頃だ。

次に出てきたのが「複数志願制」である。

入試つまり学力試験は1回であるが、志望校を2校書けた。どうしても公立高校に入学したいという子のために第一志望がダメであっても第二志望で合格があるよという救済制度だった。が、救済もクソもなく、ほとんどの子が第一志望と第二志望を同じ学校で出願していたのでまったく機能せず。要はア・テストがなくなって進路指導がみえなくなった中学校側のビビりによってできた制度であった。あっという間になくなった。

時を同じくして全国的に相対評価から絶対評価になった。評価のつけ方が中学校で大きな差があると問題視され、私立高校では中学校間格差を合否判定に導入するところも少なくなかった。また、記述問題は各高校の採点が負担になりすぎるというので選択問題が爆発的に増えた。漢字を書かせなくなったのは当時では衝撃的だった。

さらに学区制が廃止され、市立高校の一部を除き、全県どこに出願しても学区外8%枠がなくなり合否への影響がなくなった。

また、神奈川県が推し進めてきた100校計画を見直し、様々な学校で統廃合が進んだ。今もそれは継続中である。なくなる学校だけでなく、魅力的な学校も増えてきている。

複数志願制の次に現れたのが「前期選抜・後期選抜」という2段階入試である。

前期選抜は「受験生本人による自己推薦」という、学力検査なし内申点のみでの判定であった。しかも、最大で定員の半数が合格できたのである。前期一本で勝負、落ちたら私立、徹底的に学力検査は避けるという子もいた。上位難関校は内申だけで入ってくる子を警戒し、比率を前期2後期8にし(最大5対5まで高校裁量)門戸を狭めた。さらには後期選抜において「特色検査」という高校独自の入試問題を導入し防衛策を練った。制度上、前期後期ともに不合格という子が当然出てくる。2回続けて同じ高校から不合格をつきつけられるというのはさすがに酷であると、中学校側から猛反発を受けてあっけなく幕を閉じた。

副作用として、前期選抜の合否要因に各種検定、つまり英検や漢検、さらには部活動の加点が多かったため、そちらに流れる子も多かった。内申加点神話全盛の時であった。今は検定加点は公立高校において全廃されている。

そして、現在の制度に至る。原則として全生徒が学力検査と面接を受ける。入試得点が50点満点から100満点となり、公立復権をかけて難易度が急上昇した。同時に採点ミスの問題が大きく取り上げられ、答案用紙の大部分がマークシートとなった。 一部のクリエイティブスクールについてはここでは割愛する。

大まかな変遷は以上となる。

全国でもおそらく珍しい方式と変わりようであろう。しかし、結局のところ何が変わったであろうか。

変わりはないのだ。

制度が変わっても、受験生がやるべきことも、合格する層も変わらない。公立受験の真理はより多くの点数をとった子が受かる。ただそれだけだ。自分が95点であっても他の子がみな98点なら落ちるし、10点しかとれなくても周りの子が5点なら受かるのである。今まで受かっていた子が落ちるのは大幅な定員削減があった時くらいだ。

昔から翠嵐は翠嵐だし、県相は県相なのである。長い目でみれば多少の上下はあるが、1年で大きく変化することはない。上溝が県相を上回ることはないし、相模原弥栄が城山より下になることはないのである。

そして、解くべき問題もまた変わらない。出題傾向が変わったと大騒ぎしているのは、それで不安をあおって自分達の利益にしようとする輩たちのたわごとだ。出題傾向は変わるものであり、一方でまた変わらないものなのだ。公立入試においては変わったというほど大騒ぎするほどのことではない。社会で歴史の順番が変わったとか、数学で反比例がでるようになったとか、そんなものはどうやって出題されようとも対応するのが当たり前なのである。

子供達が解く組むべきことは、今も昔も変わらない。

保護者の中には我々業界顔負けの事情通の方もいらっしゃるが、どれだけ進学情報を集めたところで生徒の点数は1点も上がらない。また、説明会マニアと呼びたくなるような毎週毎週どこかの学校に足を運ぶ親子もいるが、その時間があれば勉強しなさいと言いたい。現在は情報が至るところから出てきて、学校や一部の大手だけが知っているようなことは少ない。業者の説明会と資料の充実ぶりは目を見張るものだし、いまや私だって他塾のブログなどで情報を集めたりする。それでもう充分なのである。よって、以前より生徒への学習面をいかに充実されるかに振り当てる時間が増えた。実に有難い。

公立入試まであと100日をきった。さて、昨日の君は何をした? 昨日と同じ君であれば、明日の君もまた同じであろう。そして、100日後の君もまた今日と同じ君である。今できない人が100日後に変わっているわけがないのだ。

やるべきことをしたものが受かる。

ごくごく当たり前の結果が出るまで、あと3ヶ月と少し――――。

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投稿者: keishoseminar

中学受験・高校受験「慶翔ゼミナール」 相模原市中央区相模原2-12-21 JR相模原駅 南口から徒歩5分、住宅街にある学習塾です。 自宅1階を改装し、妻と2人で全塾生を指導します。 今年で開塾18年目となります。朝塾、やっています。

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