宿題について 4

時間は大切だ、と誰もが言う。

確かに約束の時間や形となった目の見えるお互いを拘束する時間には非常に敏感だ。が、こと教育は、相手の見えない隠れた時間を無意識に奪っていることになかなか気がつかない。

そもそも塾にしろ学校にしろ、子供達の(場合によっては保護者の)時間をもらって成立している。どこにでも転がっている言葉だが、まさに「時は金なり」だ。授業はお互いの時間というかけがえのない資源を消費しながら成り立っているのだ。この感覚はとても大事だと思う。

宿題はその資源を一方的に奪っている可能性があることを意識すべきだと思う。それでも宿題を課すのであれば、より慎重かつ有意義なものにしなければいけない。

学校は成績を人質に大量かつ無機質な宿題を出すべきではないし、塾は「家庭学習のため」は本当に大義なのかを自問しなくてはいけない。ましてやそれが営業上不可欠なのものであれば、子供は塾の道具ではないということを自覚すべきだ。顧客からの要望に応える、評判をつくる、利益を上げる、どれも大切で、それらがあるからこそ自塾の生徒によりよい環境づくりができるのは十分理解できるし、私もまたそうだ。だからこそ、意味ある課題ではなければ生徒は単なる看板、または実験道具と化す。

また、親は家庭学習は自分の満足のためのあるのではないと肝に銘じるべきだし、ましてや学校や塾の方針を曲げてまで宿題を要求するなんて愚かなことをしてはいけない。

では、宿題を与えなければ何もしない子供に対してはどうすればいいのだろうか?

放っておけばいいのだ。

あるいは、今の力量でできるであろうレベルの問題を適量で出せばいい。放っておけばそのうち自分からやるようになる。

大丈夫。子供を親が信じなくて、誰が信じるのか。

「それじゃ受験に間に合わない」という声も聞こえてきそうだ。別に間に合わなくてもいいじゃないか。曲がった人間になるよりよっぽどマシだ。だいたい間に合う間に合わないって、人生のいつの時を基準にしているのだろうと、いつも思う。

「志望校に合格できなかったら…」と心配になるだろうが、それはもともと志望校に対する設定が高すぎたのだ。己を知ることは最も大切な人生の機微である。

「○○高校じゃなきゃダメだ」「○○高校に入れなかったらこの子の将来はどうなるんだろう」という方に言いたい―――。

あなたは、自分の子供と、その学校のどちらを信じているのか、と。

自分の子供だ。どこに行っても、どこで生きていても大丈夫、と信じてあげてほしい。逆説的だが、その信じる心が志望校を突破する力を生む。

第一、その学校に対する信頼はどこからでてくるのだろうか。ご自分の母校ならまだしも(それだってもう数十年前の話…)、あくまで世間の評判ではないか。ましてやそれがSNSであれば、そんなもので子供の行き先を決めて本当にいいのかと膝をつめて話し合いたい。

そんな世間の評判と、毎日毎日接している自分の子供と、どちらを信じるのか?

そう考えれば、もうおのずと答えは出てくる。

我慢することだ。子供を信じて、じっと耐えることだ。

親、いや大人にできることはそれしかないと私は思っている。

以上です。

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投稿者: keishoseminar

中学受験・高校受験「慶翔ゼミナール」 相模原市中央区相模原2-12-21 JR相模原駅 南口から徒歩5分、住宅街にある学習塾です。 自宅1階を改装し、妻と2人で全塾生を指導します。 今年で開塾18年目となります。朝塾、やっています。

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